IP活用

「例の木」と聞いて、なにを思いつくでしょうか?2019年からラッパーの呂布カルマさんが、公園で拾った木をMCバトルやメディア出演の際に持ち歩いていることはファンの間では有名な話で、それが「例の木」と呼ばれ親しまれています。
2022年にNFT化した際には発売から5分で完売する人気ぶりで、2026年1月にはミニチュアチャームのカプセルトイ(ガシャポン)も販売予定。
タレントだけでなくその持ち物までもIP化してしまう、このユニークな現象は、現代のエンタメ構造を考えると意外と理屈が通っているのかもしれません。

タレント×マーケティングで
成果を最大化
呂布カルマさんの持つ「例の木」は、実は彼が2019年4月に名古屋の鶴舞公園で花見をしていた際に偶然拾ったもの。当時「半年間、肌身離さず持ち歩く」と宣言しましたが、酒の席での発言ということで翌日には忘れてしまっていたそうです。
それでも自身の活躍を招いたラッキーチャームとして大切にしており、バトルやライブの際に一緒に登場するだけにとどまらず、テレビや雑誌に本人不在で木のみ出演するなど、すっかり呂布さんのシグネチャーアイテムに進化。
最初は戸惑いを見せていたファンたちもすっかり受け入れ、ラッパーの漢 a.k.a. GAMIさんやナンバーガール/ZAZEN BOYSのボーカルを務める向井秀徳さん、グラビアアイドルの青山ひかるさんといった多方面の著名人が持つなど、より一層独り歩きを進めています。
といっても、2015年に「THE 罵倒 2015 GRAND CHAMPION SHIP」「SPOTLIGHT」「口喧嘩祭」「戦極MCBATTLE第12章関東乱舞編」といった4つの主要大会で優勝し(口喧嘩祭は翌年も優勝)ブレイクを果たして以降、活躍の場を広げ続ける彼に“ラッキーチャーム”が有効だったかどうかは疑問が残るところではありますが、こんなユニークなアイテムをメディアも放っておきません。
2023年には呂布さんに密着するドキュメンタリー『カルマの木』(テレビ東京)の放送が始まり、いよいよテレビ番組のタイトルにまで採用されます。
参照:テレ東プラス「呂布カルマに密着!ありのままを映した番組「カルマの木」」
なお、同年は呂布さんのセカンドブレイク期ともいわれており、ニホンモニターによる「2023ブレイクタレント(関東)」の8位にランクイン。番組出演本数は156本と、前年の20本から7倍以上も増加させる結果になりました。
参照:ニホンモニター「川島明さんが初の年間王者!ブレイクは神田愛花さん! ~ ニホンモニター 2023タレント<関東・関西>番組出演本数ランキング~」
MCバトル大会「KING OF KINGS」にて二度優勝(2018・2020)して以降、「最強ラッパー」と評されることも多いですが、近年はくわえてタレントとしての顔も広く知られるようになったのです。
本人の人気が高まれば、おのずとその持ち物である例の木の認知度も高まることとなり、2022年にNFTコレクションの販売を開始すると、なんとわずか5分で完売し、その後はNFTのオンラインマーケットプレイス「OpenSea」において、もとの販売価格の6倍で取り引きされるという人気ぶりを見せつけます。

同じ年にアーティストのO.Z.Y.K.I.X(オージーキックス)さんとコラボしたNFT作品も販売し、当初半年間持ち歩くはずだった例の木は、すっかり単独でIPとして成り立つほど認知されるようになったのでした。

来年2026年1月には、例の木をチャームにしたカプセルトイを販売予定。それに伴い、予約販売されていた2025年10月15日(水)〜11月9日(日)の期間中は、SNS上で「欲しい種類を引き当てるまで何回も回した」「1回でシークレットを引き当てた」といったコメントが相次ぎました。

そもそも呂布さんはその木に特別な思い入れがあったわけではなく、当時インド映画の『バーフバリ』シリーズ(1部の『伝説誕生』が2015年、2部の『王の凱旋』が2017年製作)にはまっており、その主人公が冒頭で木彫りの仮面を拾うシーンを模倣するように、なにか物語が始まることを期待して木片を拾ったと、あとから告白しています。
参照:Podcast「笑っていいとおもう」#14 呂布カルマが『例の木』を拾った理由を明かす!(2023年1月10日配信)
6年前に気まぐれで拾った木片が、当初本人が肌身離さず持ち歩くと宣言していた半年間どころか、今なおアイコンのひとつとして高い人気を誇り、IPとして成長しつづけるとはだれが想像できたでしょうか。

呂布さんが持ち歩いていた木片が、いつから「例の木」と呼ばれはじめたのかは定かではありません。その認知が拡大し、ファンを中心に「呂布カルマさんといえば木」という方程式が成立するようになってから、自然発生的に広まった俗称でしょう。
ではなぜそのような現象が起こりえたのか、考えてみれば「例の木」はあまりにもミーム化する条件を満たしすぎているのです。

木そのものは、だれしも日常的に触れており、あるいは頭の中でそれを思い浮かべようとしたとき、さほど大きなずれを生じさせず、ある程度似た形のものを想像できるほど共通認識として持っているでしょう。
よほど植物に対して強いアレルギーさえ持っていなければ、枝葉など一部のパーツを見て木の一部だと判別することも容易だと思います。
けれど日本を代表するラッパーがライブになんの変哲もない木片を持って現れる、そのインパクトは、その場に居合わせた全員の共通体験として強く残ったことでしょう。
どこでも見かけることのできるものでありながら、それを持ってラップバトルを行ったことのある者はおらず、その前代未聞の組み合わせにギャップが生まれ、よりその印象を強固にしたのです。
繰り返しになりますが、木片自体は珍しいものではありません。入手することもさほど難しいわけではないでしょう。
ということは、完成度は度外視して、だれでも「パフォーマンス時の呂布カルマさんのパロディ」ができるということです。実際に真似している人がいるかどうかはわかりませんが、再現性が高いというのは、それだけで価値を持ちます。
“だれでも参加できる”コンテンツは、受け皿としての度量が非常に大きいといえ、たとえばバズを生じさせたい場合の必要条件のひとつとして挙げられるでしょう。
呂布さんがそれを狙っていたかどうかは置いておいて、実際に二度のNFT作品化、そしてミニチュアチャーム化と、複数回にわたって形を変えて再生産化されており、しかもそれが多くの方々から支持を得ています。

再現性が高い一方でjargon(ジャーゴン)的ニッチなユーモアも感じられます。jargonというのは特定のコミュニティの中で成立する、いわば内輪ネタのようなもの。
HIP-HOPというアンダーグラウンドを源流とした世界において、その代表格でもある方が突如ありふれたアイテムを持って自身のフィールドである音楽シーンに登場するというのは、考えてみればかなり違和感のある行為です。
ここには踏み絵的要素が生じており、面白がれる=前提としてコンテクストのズレを“わかっている”ことの証明ともなるため、ある種のステータスになりえると考えられるでしょう。
とはいえ、先述したとおり呂布さん自身は、今やテレビ番組や雑誌などあらゆる媒体において引っ張りだこの人気タレント。HIP-HOP自体も音楽チャートで見ない日はないほど一般的に普及しています。
つまりjargonでありながら同時に多くの人々に受け入れられるべき(=だれもが参加しやすい)ポピュラリティでもある、という絶妙なバランスをも普遍的な「木」というアイテムで成立させてしまっているのです。
こういった二つの路線で並行してユーモアとして受け入れられる事象が進行することで、ネタに転じやすくなったのでしょう。

ミームと呼ばれるものは基本的にすべて、企業やブランドが主導して広まっていくのではなく、自然発生的にネタが生まれ、あるいはネタに転じ、それをユーザー一人ひとりが自発的に拡散していくことでバイラル化するものです。
例の木に関しても、呂布さん自身がファンにシェアを推し進めたわけではないので、彼と木片の組み合わせを面白がる人たちが存在しなかったら、これほどまでの強固なIPには成長しなかったかもしれません。
同じ体験をした者たちがリアルタイムで共感できるSNS時代だからこそ、起こりえた現象といえるでしょう。
繰り返しになりますが、もとは偶然公園で拾った木片が「例の木」として広く知られるようになったのは、ひとえにファンが自発的に発言したからと考えられます。
知っている人の間でしか伝わらない、特定のものを指す“例の”という修飾語からも、今日にいたるまで多くの方が面白がって言及したことがうかがえます。そして呼び名が定着してしまえば、より一層話題に取り上げやすくなることは明白です。
いわば、ファン起点のIPモデルといえるでしょう。
先述のとおり、例の木は単独でNFTアート化したり、カプセルトイとして販売されたり、もはや持ち主である呂布さんの手を離れ、独り歩きするほどの知名度を誇ります。
物理的なモノである木片が物象としての形を失い、デジタル上でコレクションの対象になるのは、呂布さんの象徴ともなった“一点モノ”の例の木を分解し、デジタル資産としてみんなで共有できるように再構築したと捉えられるかもしれません。
一方で、カプセルトイとして展開されたことは、二次創作性に重きを置いているという見方もできます。
カプセルトイの最大の特徴はやはり、なにが出るか開封するまでわからないブラインドボックス性。つまり例の木の例の木たるオリジナルの文脈から離れ、ユーザーそれぞれが参加できる“遊び”に価値が増殖しているといえるのです。
なお、ブラインドボックスの持つ効果については、それを戦略的に成功させたPOP MARTのマーケティング術を解説した以下の記事のなかで言及しているので、気になる方はあわせてご覧ください。
これまでは一般的に、ヒット作が生まれるには理由があり、トレンドを作るにはストーリーが必要だと考えられてきました。
けれどタレントとその持ち物という、メッセージや物語よりも記号的な性質を楽しむカルチャーが現代には備わっているのかもしれません。
つまり、呂布さんがどうして木片を拾い、それを持ち歩くようになったのかという背景よりも、「呂布さんといえば例の木」という組み合わせこそがブランド化して、価値を築いているということです。
あるいは例の木のミーム化に関しては、背景を明確にせず、謎のまま楽しむという文脈さえ感じられます。

ほかに人物×持ち物の組み合わせがそのまま記号化、もしくはブランド化、ミーム化した例を挙げてみます。
YOSHIKIさんといえば、クリアボディが特徴的なグランドピアノを弾いている姿が浮かぶ方も多いのではないでしょうか。もとは河合楽器製作所(カワイ)の独創的な発想から作られたプロダクトだそうで、現在製造・販売できるのは世界中でカワイを含め2社しかありません。
2024年に開催された、“世界一豪華なディナーショー”こと「EVENING / BREAKFAST with YOSHIKI 2024 in TOKYO JAPAN」の際にはミニチュアサイズが制作され、テーブルフラワーとして真紅のバラのプリザーブドフラワーで装飾されたのですが、あまりの反響の大きさから商品化されました。
かつてX JAPANのメンバーとしてYOSHIKIさんとともに活動していたhideさんは、その愛用ギターが特徴的。
当初X JAPANのヘアスタイルなどビジュアルを担当していたことでも知られるほど、音楽面だけでなく視覚的な世界観の作り込みにもこだわりを持っており、ギターもステッカーを貼ったりペイントしたり、自分だけの作品として楽しんでいたようです。
こちらもhideさんが実際に愛用していたモデルをミニチュアのアクリルパネル化した商品が販売されています。
井森さんについてはご自身の持ち物ではなく、過去に着用された衣装ではありますが、青いレオタード姿でオーディション時に披露したというダンス動画があまりに有名なため、記号化しているといっても過言はないでしょう。
こちらも、40年経ち未だ風化していないことを表すように、南海キャンディーズの山里亮太さんによるラジオ番組「山里亮太の不毛な議論」とコラボして、アクリルスタンドとして商品化されました。
参照:コレクティブストア「山里亮太の不毛な議論 昭和クオリティのアクリルスタンド」
もはやモノでもないですが、飼い主と愛猫がブランド化するケースも多いです。代表的なのが、シャネルやフェンディといったハイエンドブランドのヘッドデザイナー、クリエイティブディレクターを務めたカール・ラガーフェルド氏とその愛猫シュペットのコンビ。
彼はどこに行くにもシュペットを同行させるほどの溺愛ぶりで、専属のメイドが複数人いたことでも知られています。それどころか、シュペットは専用のプライベートジェットを所有しており、2019年にカールが亡くなってしまったあとは、その遺産のほとんどを相続したという噂もあるほど。
世界的テディベアブランドのシュタイフが彼女をモチーフにぬいぐるみを制作するなど、これまでに何度も商品化されています。
参照:ラブシュタイフ「シュタイフカール・ラガーフェルド シュペット」
また、カール×シュペットの組み合わせがブランド化していることを示すように、「in honor of Karl(カールに敬意を表して)」というメッセージをドレスコードに開催された2023年のメットガラにおいて、全身ファースーツでシュペットに扮したジャレッド・レト氏を筆頭に、シュペットをモチーフにした装いを披露するセレブが続出しました。
参照:VOGUE JAPAN「カール・ラガーフェルドの愛猫、シュペットをオマージュしたセレブたち【メットガラ2023】」
デザイナーと愛猫の組み合わせといったら、PAUL & JOEのデザイナーであるソフィー氏と愛猫ヌネット&ジプシーについても語らないわけにはいきません。
もしかしたらデザイナーの飼い猫というよりも、ブランドのアイコンとして認識している方も多いかもしれません。
シグネチャーアイテムである“猫リップ”はこの2匹をモチーフに作られており、それぞれ毎シーズン、タオルやポーチといった布製品のプリントにも採用されています。

これまで商業IPは、企業やブランドが戦略的に開発から制作・製造、発信まで計画を立てて生み出されることが多かったですが、時に著名人の持ち物という、“事実”から派生することがわかりました。
実際、直接的な商業化にはいたらないケースが多いですが、ネットミームに目を向けると、著名人の発言や仕草など一挙手一投足がフレーム化しているものは少なくありません。
企業目線で考えると、IPの誕生に際しては、事象+それを面白がるユーザーたちによって作り上げられたとしても、今後それをいち早くキャッチアップしてプロモーションやプロダクトに利用する戦略も有効になっていくのではないでしょうか。
なお、ミームマーケティングについては以下の記事で解説しているので、あわせてご覧ください。
“例の木現象”は企業がプロモーションの意図などで推し進めて起きたわけではなく、呂布カルマさんとそのファンによって偶発的に生み出された稀有なケースですが、著名人×持ち物という組み合わせは、大きな話題性を持つ可能性を秘めていると考えてよいでしょう。
Skettt(スケット)では、呂布カルマさんをはじめとしたアーティストやタレントの素材提供やキャンペーンの戦略設計など、IPを軸にしたプロモーションソリューションを多数提案・提供しております。
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